2005年06月01日

追悼・丹下健三

建築雑誌では、ほとんどの雑誌が
追悼・丹下健三特集を組んでいる。

僕の丹下建築体験を書かせてもらおうと思う。

僕の丹下建築体験は、広島ピースセンターだけである。
就学旅行の時、東京都庁、シンガポールに旅行に行った時、
UOBプラザを見たが、あまり覚えていない。

僕がピースセンターに行ったのは、大学4年のときだった。
その建築は、美しいピロティで宙に浮いていた。
僕はこんなきれいなピロティを始めて見たし、
それから今日までこれ以上のものには、お目にかかってない。

前面の広場に立ち、建築を眺める。
ピロティにかかっている階段を登ると、どこかすばらしい世界に行けるのではないか
そんな気さえした。

後ろを振り返ると、慰霊碑を介し、原爆ドームが見える。
これが有名な景観軸か、そう思った。
同時にその威力を身を持って体感した。
ここに立つと誰もが歴史の重みを痛感すると思う。

建築知識6月号で北山恒氏は次の様に書いている。
「丹下さんの建築は敗戦後の日本という情けない国家を
勇気づけるという使命を持たらされていたのではないか。
その空間には「自由な市民国家のため」という近代主義
の率直な言説が折りこまれていたように思える。」
僕はこの言葉に勝手に頷いた。

安藤建築に出会う前に、この建築に出会ったなら、
僕は、安藤ファンとしてではく、丹下ファンとして
建築を志していたと思う。
posted by kid at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/4049094

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。